作曲・編曲
(50音順)
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大関民弘(作曲家・トランペト奏者)
1952年福島県生まれ。 1971年山形大学入学、トランペットを金石幸男氏に師事、在学中NHKオーディション合格。 NHK-FM「夕べのリサイタル」に出演。1975年同大学卒業 1976年西ドイツ・デトモルト音楽大学に留学、トランペットをH.シュウナイデヴィント氏に師事。 1978年同校を主席で卒業。演奏家国家試験の資格を得る。 1977年西ドイツ、ブラウンシュバイク国立劇場第一トランペット奏者としてドイツでの本格的演奏活動に入る。その後ヘルムシュテート、それにザルツギッターの音楽学校の講師、又、フォルクスワーゲンで有名なヴォルフスブクの大学で日本語の講師もする。 ドイツ留学中ソリストとして、特に教会音楽、バッハのカンタータ、オラトリオ、ヘンデルのメサイヤのトランペット奏者として欠かせない1人であった。 1981年トローン国際トランペットコンクールにてディプロマ賞を受賞。  1983年までデトモルト音楽大学で作曲をJ.ドリスラー氏の下で学ぶ。ドイツ国内で楽譜も出版。 1984年帰国まで多数の作品を発表、出版。 1990年CBSソニーよりCDをリリース タイトル「ラッパッパ」。 現在に至るまで数多くのオーケストラ、テレビ、ラジオ等に出演。またオーケストラの編曲作品も多数。バンドジャーナル、バンドピープル等に執筆。作曲家・トランペット奏者として活躍中。文京女子大学 生涯学習センター講師。ミクロコスモス・ミュージックスクール講師。
<主な作品> 1979年《 KokyoU 》for Trumpet & Organ(福島県民謡の会津磐梯山をテーマとしたファンタジー)/1979年《 Kinderzimmer 》for Trumpet & Piano(日本の子供達の夏休みの様子)/1981年《 3×3 》for Ob.Cl.& Fag./1981年《 QUINTETT 》for Fl.Ob.Cl.Hr.& Fag./《 LIRRA 》for Organ/《 ARIOSO 》for Trb.& Organ(Stuttgart Radio Symphonie Orchesterのトロンボーン奏者、山本雅章氏が初演)/1982年《 NEUN KRUZ GEIDICHTE》for Piano/1984年《 Galliad Battaglia 》for 4Tp.(出版社:de hasukeオランダ)/ 1985年《 春の海 》for 4Tp.Hr.4Trb.Tub.& Perc.(宮城道雄の「春の海」をG.トゥーブロン率いる"フランス金管11"の為に編曲)/1989年《 SUBWAYにて 》for Organ(萩原朔太郎の詩「SUBWAYにて」に曲付け)/1990年《 FANFARE 》for 4Tp.& Orchestra/1991年《 Am Rhein 》for Tp.& Piano全7曲(ラインの流れ・ラインの夕陽・森の異星人・急行列車で・カフェ・母に捧げる歌・旅の終わりに)より構成、ライン川の情景と共にドイツ滞在中の自分の心情を表現/1996年《 FANTASIE 》for Tp.& Piano(宮城県民謡の"長持唄"が原曲)/1995年バレエ音楽「人魚姫」横浜にて初演/ 1996年《 IMPROVISATION 》forSoloTrumpet+Seasound(background)(3種類のミュートを用いる。背景に海の波音を必要とし、その情景の中である程度自由な演奏が可能)/1996年《 In the Summer 》for Fl.Cl.BassCl.AltSax.2Tp.Trb.C.Bass & Perc.(opt.)その他、オーケストラ用編曲作品、アンサンブル作品等多数
大関民弘ホームページ



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小栗克裕(作曲家・ピアニスト)
1962年山梨県生まれ。1981年東京芸術大学作曲科入学。混声合唱によるファンタジー「時の間に」神奈川県芸術祭創作合唱コンクール1、2位なしの3位。関屋晋指揮、湘南市民コールにより初演、神奈川県の委託により音楽之友社より楽譜出版(非売品)。 1984年交響的幻想曲「ボレアス」にて安宅賞受賞。1985年同校首席卒業。芸大オケにより交響的幻想曲「アイオロス」初演(東京文化会館)。混声合唱によるファンタジー「夜深くして歌へる我嘆きの歌」神奈川県芸術祭創作合唱コンクール1位。関屋晋指揮、湘南市民コールにより初演、神奈川県の委託により音楽之友社より楽譜出版(非売品)。1987年円光寺雅彦(Cond)、東京フィルハーモニー交響楽団によってNHKーFMで交響的幻想曲「ゼピュロス」が放送初演。同曲、IMC国際作曲家会議3位受賞。1988年 同校大学院卒業。1991年石川国体夏季、秋季大会にて開会式、閉会式音楽の作曲を担当。歌曲作品発表と名曲管弦楽作品のピアノ編曲によるピアノリサイタルを開く (三郷文化会館大ホール)。1992年「小栗克巳混声合唱曲集」を音楽之友社より出版。 その後、同出版社の「教育音楽」にて数々の合唱曲を発表。交響的幻想曲「ノトス」が日本交響楽振興財団作曲賞入選、同曲は大友直人(Cond)、東京交響楽団によって初演(東京文化会館)。NHK-FMで放送。1993年小松原庸子スペイン舞踊団委嘱作品「ドゥエンデ・デル・フラメンコ」が文化庁推薦作品受賞。1994年佐藤俊(Pf)、小松一彦(Cond)、東京交響楽団によって「ピアノ協奏曲」初演(東京文化会館)。NHK-FMで放送。1995年日本フルート協会オーケストラ委嘱作品「鬼子母と夜叉」が初演(東京文化会館)。日本合唱指揮者協会委嘱作品「Lacrimosa」が初演(川口リリアホール)。 深新会作曲展にてチェロと室内オーケストラによる「コンチェルティーノ」が 初演(津田ホール)。1996年会津混声合唱団による「Lacrimosa」の演奏が、全日本合唱コンクール全国大会一般Aで金賞受賞。弦楽四重奏曲二番「焔の幻影」が、第7回吹田音楽コンクール作曲部門1位受賞。管弦楽のための「ディストラクション(Destruction)」が日本交響楽振興財団作曲賞入選。自作と名曲管弦楽作品のピアノ編曲によるピアノリサイタルを開く(福井市)。1997年ヴィオラ協奏曲が、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作入選。管弦楽のための「ディストラクション(Destruction)」が日本交響楽振興財団作曲賞、および日本財団賞受賞。 作曲を野田暉行、黛敏郎、三善晃、理論を尾高惇忠、島岡譲各氏、ピアノ伴奏法をダルトン・ボールドウィン氏、アンリエット・ピュグ・ロジェ女史に師事。 現在、日本現代音楽協会、日本作曲家協議会、深新会会員。聖徳大学短期大学部音楽科専任講師。作曲、編曲及びピアノ奏者として活躍中。
小栗克裕ホームページ



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熊田 洋(作曲家・編曲家・ピアニスト)
1952年生まれ 兵庫県神戸市出身。 1971年、東京芸術大学音楽学部作曲科入学、長谷川良夫、平吉毅州の両氏に師事。1976年、同大学卒業。卒業後、約3年にわたる音楽上の空白の時期を過ごす。1979年「森川倶志とタンゴ・アンサンブル」のピアニスト募集に応じ、岩手県盛岡へ移住。1991年まで同楽団に在籍。アルゼンチン・タンゴのピアニスト及びアレンジャーとしてのキャリアを開始。1983年より岩手大学教育学部音楽科非常勤講師として対位法の授業を担当。80年代半ばより、現代音楽の作曲活動を再開。1987年、「アジア作曲家フォーラム」に於いて、ヴァイオリンと弓奏大正琴のための「響きと怒り」を発表。同作品は来日中のフランスのプロデューサー、エマニュエル・ルベ氏に注目され旧西ドイツとフランスに於いて放送される。1989年、ヴィオラとハーモニウムのための「わたりどり」が、「JFCオランダ・コンサート」演奏曲目に取り上げられ渡欧、ハーモニウムのパートを自ら担当して初演。同時期の作品として、女声とピアノのための「判じ絵」、二台の鍵盤ハーモニカのための「天蓋」、パソコンによる電子音楽「継電器」等。1992年、埼玉県富士見市へ移住。東京都内で、タンゴ・ピアニスト、シャンソン伴奏者としての活動するかたわら、コントラバス奏者、吉田水子氏との共同作業で大規模な作品を作る機会を得るようになる。1994年、西洋古楽器、民族楽器、簡易楽器によるアンサンブルと語りを伴う舞台作品「アベラールとエロイーズ」で台本作曲、演奏を担当。1996年、オーストラリアのアボリジニに取材した書物、「ソングライン」(ブルース・チャトウィン著)に基づいて同名の作品をコントラバス三台と語り、歌のために作曲。この曲は、吉田水子氏、伊藤啓太氏、それと初来日中のフランスのコントラバス奏者・作曲家、ジョエル・レアンドル氏によって、浅草のお寺の本堂という変わったシチュウエイションで初演された。主要作品:「響きと怒り」('86)、「判じ絵」('88出版:全音)、「わたりどり」('89出版:JFC)、「オクタル」('92)等。日本音楽著作権協会会員、日本作曲科協議会会員。



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純一(作曲家)
4歳よりピアノを始め、小中学時より作曲に親しむ。高校進学後に作曲と音楽理論(クラシック、ピアノ、ロックなど各分野)、及びDTM(コンピュータ音楽)を独学、本格的に作曲を始める。ピアノ曲、クラシック曲、伝統邦楽を中心的作風とする。子供のためのピアノ曲の作曲やCS放送への楽曲提供のほか、クラシックバレエ公演で活動している。1982年生まれ。東京大学中退。ホームページにてCD販売あり。
純一ホームページ



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武井浩之(作曲家・キーボード)
1960年生まれ
CMやゲーム音楽、フランス系アーティストへの楽曲提供など幅広く活動している。作る曲は癒し系ピアノ・ソロからユーロビートまで幅広い。インターネットでの配信のほか、携帯着メロ公式サイト、ヤマハのKクリでT's-ROOMというサイトをオープンしてCMやクラシック、オリジナル曲の着メロを配信している。「Starry Night」という静かなピアノ曲はYnot e-cardのmusic e-cardでも取り上げられて好評を得ている。詳しくはホームページをご覧ください。
武井浩之ホームページ








長谷部雅彦(作曲家・バス)
1966年山梨県甲府市に生まれる。東北大学工学部通信工学科卒業。現在、静岡県浜松市に住む。'74ヤマハ音楽教室幼児科で音楽の基礎を学ぶ。'79中学の合唱コンクールでは自作の曲を発表。'82高校の学園祭にて自作の曲を発表。このころからポピュラー曲の作曲を始める。高校のとき作った曲は約100曲になる。'85大学に入り、大学の合唱団に入団。 シンセ、多重録音に興味を持ち始める。'86始めて合唱曲の作曲にチャレンジ。また、高校の頃から、ポピュラー曲の合唱アレンジなどは随時行っていた。'87CBSソニーオーディションの東北地区大会に参加。その中の7組に選ばれた。'89浜松に転居。ロックバンドを結成。キーボードを担当。'90浜松混声合唱団(以下、浜混)に入団。'91ポピュラー曲を作っていても日の目を見ないと判断。あまりに裾野の広すぎるポピュラー音楽の世界に挫折感を感じ始め、一転クラシックの作曲の世界に入ることを決断する。何回かピアノ伴奏付きの合唱曲の作曲にトライしていたが、ようやく満足できるレベルのものができ始めた。'92浜混にて「大手拓次の詩による四つの混声合唱曲」を初演。同年、斉藤先生の指揮する東京の柳沢混声合唱団でも演奏。'94浜混にて合唱叙事詩「詩人」(ヘッセ原作)を初演。7月、女声合唱組曲「幻影」が埼玉の女声合唱団響により初演。「詩人」の初演後、浜混を退団。VOX POPULIを結成。 混声合唱組曲「わらははわらべ」(詩:矢川澄子)が神奈川合唱曲作曲コンクールにて佳作に選ばれる。 '95 VOX POPULIが合唱コンクール県大会で静岡県代表に選ばれる。
長谷部雅彦ホームページ



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吉岡孝悦(作曲家/マリンバ/パーカッション奏者)
東京に生まれる。東京都音楽教育研究会主催児童作曲コンクール入賞。NHK・FM《午後のリサイタル》出演。サーティーン・ドラムスのための《ラプソディ》を作曲。劇団「音楽座」ミュージカルの作曲・編曲担当。桐朋学園高校音楽科を首席で卒業。シンシナティー大学主催、国際作曲コンクール優勝。自作品《パラドックスV》をアメリカにてレコーディング。ミュージカル《道元の冒険》を作曲。桐朋学園大学音楽学部卒業。プレイアード五重奏団結成。渡米。ニューイングランド音楽院へ留学。アメリカン・ウインド・シンフォニー・オーケストラ入団。パーカッシブ・アーツ・ソサエティ国際作曲コンクール優勝。《リフレクション》を作曲。ニューヨーク公演。「アメリカ独立200年祭」特別出演。アメリカ・ウインドシンフォニー・オーケストラと「打楽器コンチェルト」協演。委嘱作品によるマリンバリサイタル開催。プレイアード五重奏団のために《コンチェルティーノ》を作曲。深町純とジョイントリサイタル開催。村松賞を受賞。秋山エリカ選手の演技《リボン》を作曲。自作品と深町純の作品によるリサイタル開催。《3つの舞曲》を作曲。全曲自作自演マリンバリサイタル開催。通崎睦美より委嘱《ラプソディ》を作曲。「京都芸術祭」より委嘱《ノクターン》を作曲。Gプロデュースより委嘱《ミッシング・リンク》を作曲。プレイアード五重奏団CDをファンハウスよりリリース。ウクライナ公演。「キエフ音楽祭」にて自作自演。ウクライナ・フィルハーモニーとマリンバコンチェルト協演。ソウル公演。「アジア現代音楽祭」にて自作自演。サイトウ・キネン・オーケストラに参加。アンサンブル・カプリスより委嘱《ディヴェルティメント》を作曲。全音楽譜出版社より5作品を出版。文化庁芸術祭参加・全曲自作自演マリンバリサイタル開催。自作品《マリンバ協奏曲第一番》を日本フィルハーモニー交響楽団と協演。「新日本建築家協会新人賞」[JFCアンデパンダン」にて《スクエア・ダンス》自作自演。箏奏者・西陽子より委嘱され新作を初演。1997年メキシコ公演。「パーカッション・フェスティバル」にてリサイタル。メキシコのオーケストラと自作品《マリンバ協奏曲第一番》を協演。毎年1月には東京文化会館小ホールにおいて《ニューイヤー・コンサート》をプロデュース。日本木琴協会特別会員。日本打楽器協会会員。(社)日本作曲家協議会会員。(社)日本音楽著作権協会会員。吉岡孝悦ビッグバンド主宰。プレイアード五重奏団主宰。吉岡孝悦パーカッション・アンサンブル主宰。スーパー・マリンバ・プロジェクト主宰。久保春子、日ノ下恵一、安倍圭子、小林美隆、故小森宗太郎の各氏に師事。